既存のやり方を変える提案をアサーティブに:若手エンジニアが納得感を呼ぶ伝え方
既存のやり方を変える提案をアサーティブに:若手エンジニアが納得感を呼ぶ伝え方
現状維持は時に安心感をもたらしますが、同時に成長を阻害する要因にもなり得ます。IT業界の急速な変化において、常に最適なプロセスや技術を追求することは不可欠です。若手エンジニアの皆様は、日々の業務の中で「もっとこうすれば効率的になるのではないか」「このプロセスは改善できるはずだ」といった具体的な気づきを得ることが少なくないでしょう。
しかし、既存のやり方を変える提案は、特に経験の浅い立場からすると、非常にハードルが高いと感じられるかもしれません。本記事では、既存のやり方やプロセスに対する改善提案を、相手を尊重しつつ明確に伝えるアサーティブなコミュニケーションの考え方と具体的な実践方法について解説いたします。
なぜ若手エンジニアは改善提案を躊躇するのか
業務改善のアイデアを持っていても、それを提案することにためらいを感じる若手エンジニアは少なくありません。そこには、いくつかの共通した心理的障壁が存在します。
- 「生意気だと思われたくない」
- 「経験が浅いのに口出しするのは場違いではないか」
- 「反論されたらどうしよう」
- 「結局、聞き入れてもらえないだろう」
このような不安は、意見を内に秘めてしまう原因となり、結果としてチームやプロジェクトが潜在的な改善機会を失うことにつながります。ご自身の成長はもちろん、チーム全体のパフォーマンス向上にも寄与する可能性のある貴重なアイデアが、発言されないまま埋もれてしまうことは非常に惜しいことです。
改善提案におけるアサーティブネスとは
アサーティブネスとは、自分の意見や要望を率直かつ誠実に、そして相手の権利や尊厳を侵害することなく伝えるコミュニケーションスタイルです。改善提案の文脈におけるアサーティブネスは、単に自分の意見を押し通すことではありません。チーム全体の利益を最大化するための建設的な対話を目指し、以下の点を重視します。
- 現状の客観的な把握と課題の明確化: 感情論ではなく、具体的な事実やデータに基づき、何が課題であるかを明確にします。
- 具体的で実現可能な解決策の提示: 漠然とした提案ではなく、具体的な行動計画や導入方法を示します。
- 期待される効果と懸念事項への配慮: 提案がもたらす良い結果を具体的に伝えつつ、起こり得るリスクや影響にも触れ、対策を考慮に入れます。
- 相手の立場への理解と敬意: 既存のやり方を考案・運用してきた人々への敬意を払い、協力的な姿勢で対話を進めます。
説得力ある提案のための構成と具体的な表現
アサーティブな改善提案には、論理的で分かりやすい構成と、相手の受け入れやすい言葉選びが不可欠です。ここでは、効果的な提案のためのフレームワークと具体的な表現例をご紹介します。
提案構成のフレームワーク:ISTPを意識する
改善提案を構成する際、以下の要素を意識することで、より論理的で説得力のある伝え方が可能になります。
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I: Issue(課題)
- 現状の何が課題であるかを客観的に記述します。具体的なデータや事実に基づくと効果的です。
- 良い例: 「現在の〇〇のプロセスでは、△△という問題が発生しており、結果として□□の遅延が月平均〇時間生じています。」
- 避ける例: 「このやり方、非効率すぎませんか?誰も改善しようとしないのが問題です。」
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S: Solution(解決策)
- その課題に対して、どのような改善策があるかを具体的に提案します。
- 良い例: 「そこで、〇〇のツールを導入し、△△のステップを自動化することで、□□の時間を短縮できると考えます。」
- 避ける例: 「新しいツールを入れれば、きっと良くなります。」
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B: Benefit(利益)
- 提案された解決策によって、どのような良い結果がもたらされるかを明確に伝えます。
- 良い例: 「この改善により、月あたり〇時間の工数削減が見込め、より重要なタスクにリソースを振り分けることが可能になります。また、ヒューマンエラーのリスクも低減できるでしょう。」
- 避ける例: 「すごく良くなりますよ。みんな喜ぶと思います。」
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P: Proposal(提案)
- 具体的な行動や次のステップを提案します。
- 良い例: 「つきましては、一度、〇〇のツールについて詳細を調査する時間を頂戴し、具体的な導入コストや効果を試算してみてはいかがでしょうか。」
- 避ける例: 「すぐやりましょう。今やらないと手遅れになります。」
具体的な言葉の選び方と表現のヒント
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「私」を主語にする(Iメッセージ):
- 相手を非難するような印象を避け、自分の見解や感情として伝えます。
- 例: 「私は、この方法では〇〇の課題があると感じています。」
- 避ける例: 「あなた方のやり方は間違っています。」
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断定を避け、可能性として提示する:
- 相手の意見も尊重し、議論の余地を残します。
- 例: 「〇〇を導入することで、△△のような効果が期待できる可能性があります。」
- 例: 「現状のプロセスについて、いくつか改善できる点があるのではないかと考えております。」
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具体的な事実やデータに基づいて話す:
- 感情論ではなく、客観的な根拠を示すことで説得力が増します。
- 例: 「直近3ヶ月のデータでは、この工程に平均〇時間かかっていることが確認できます。これは、他のプロジェクトと比較しても長くなっています。」
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相手の意見を求める姿勢を見せる:
- 提案は一方的なものではなく、対話のきっかけとします。
- 例: 「この提案について、皆様のご意見を伺ってもよろしいでしょうか。何か懸念される点や、より良いアイデアがございましたら、ぜひお聞かせください。」
改善提案を成功させるための心構え
アサーティブな提案は、単なるスキルだけでなく、適切な心構えも重要です。
提案前の準備を怠らない
漠然としたアイデアでは、相手を説得することは困難です。具体的な情報(現状のデータ、提案するツールの調査、類似事例、導入コスト、想定されるリスクなど)を事前に収集し、整理しておくことが重要です。反論や懸念に対する想定問答も準備しておくと、冷静に対応できます。
相手の立場を理解し、尊重する
既存のやり方やプロセスは、過去の経験や制約の中で最善と判断されてきた可能性があります。それらを考案・運用してきた人々への敬意を忘れないことが重要です。「現在のやり方が間違っている」というスタンスではなく、「より良くするための選択肢がある」という建設的な視点を持つことが、信頼関係を築き、提案を受け入れてもらいやすくします。
完璧を求めず、まず試す姿勢
一度の提案で全てが完璧に受け入れられるとは限りません。チームや組織の状況によっては、段階的な導入や小規模な試行から始めるのが現実的な場合もあります。建設的なフィードバックを受け入れ、提案を改善していく柔軟な姿勢もアサーティブネスの一部です。
事例で見るアサーティブな改善提案
具体的な事例を通して、アサーティブな提案の成功例と、そうでない場合の例を見てみましょう。
成功事例:既存テストプロセスの改善提案
若手エンジニアのAさんは、手動でのテスト工数が多く、リリースサイクルが遅延しがちであることに課題を感じていました。
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アプローチ:
- 過去3ヶ月のテストログから、手動テストに費やされた時間を算出し、具体的な数字で現状の課題を提示しました。
- 自動テストツールの選定を行い、簡単なPoC(概念実証)を実施。費用対効果と導入の容易さを確認しました。
- 上司への提案時、「現状の手動テストによる負担増大とリリース遅延の懸念」を客観的に説明しました。
- 「〇〇ツールを導入し、一部の回帰テストを自動化することで、月〇時間の工数削減と、早期バグ検出による品質向上に寄与できると考えます。つきましては、まずは小規模なプロジェクトで試運用し、効果を検証する機会を頂けないでしょうか。」と具体的に提案しました。
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結果: 上司は提案内容の具体性、データに基づいた課題認識、そして小規模からの試運用というリスクの低さを評価しました。結果としてPoCの実施が承認され、その後、段階的に自動化が進み、チーム全体の生産性向上に貢献しました。
失敗事例:非効率な開発環境への改善提案
若手エンジニアのBさんは、開発環境のセットアップ手順が複雑で時間もかかり、新メンバーのオンボーディングに支障が出ていることに不満を感じていました。
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アプローチ:
- 会議中に、「この環境構築、古すぎて非効率すぎますよ。〇〇(新しい技術)を使えばもっと楽なのに。」と、感情的に発言しました。
- 具体的なデータや、新しい技術導入によるメリット、導入コストや移行リスクに関する事前調査はほとんどしていませんでした。
- 過去の経緯や、現在の環境が採用された背景について、理解しようとする姿勢が見られませんでした。
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結果: 上司やベテランメンバーからは、「新しい技術を導入するメリットは理解できるが、現行システムとの互換性や学習コスト、移行期間中の影響が不明瞭で、今すぐの変更は難しい」と具体的な懸念を指摘され、提案は受け入れられませんでした。Bさんは、自分の意見が却下されたと感じ、その後は意見を述べることを躊躇するようになりました。
まとめ
既存のやり方を変える提案は、チームやプロジェクトの未来をより良いものにするための重要な行動です。若手エンジニアの皆様が持つ新鮮な視点やアイデアは、組織に新たな価値をもたらす可能性を秘めています。
アサーティブなコミュニケーションを意識することで、あなたの具体的な気づきやアイデアは、相手に建設的な意見として受け入れられやすくなります。「課題の明確化」「具体的な解決策」「期待される効果」を論理的に構成し、「相手への敬意」と「対話の姿勢」を持って伝える。このプロセスを実践することで、あなたは意見を明確に伝え、チームの進化に貢献する存在となるでしょう。今回ご紹介した心構えと実践方法を参考に、ぜひ一歩を踏み出してみてください。